【活動報告】「現役志摩の海女さんと語る!海女の魅力 in海博」第3回を開催しました

鳥羽市立海の博物館と三重大学海女研究センターが主催するイベント「現役志摩の海女さんと語る!海女の魅力 in海博」の第3回が10月29日に開催されました。

イベントの概要はこちらから。

今回は志摩市大王町波切の70代と60代の海女さんお二人にお越しいただきました。

先輩海女さんは30代からはじめて海女歴40年、後輩海女さんも30代からはじめましたが、途中で体調不良があり行かなかった時期があるそうです。

子どもが2歳くらいで(漁に)行きはじめた。保育所に朝預けて、海女が終わってから迎えに行く。
子どもの頃は親が海女してるのを見てた。浜に泳ぎに行ったり、泳ぐのはもう慣れとったから海女が一番手っ取り早いかなと思った。時間が自由に使えるのが一番の理由。(先輩海女さん)

海に入るとめまいがして、行かなくなった時期がある。子どもが保育所に入ってから、自由にできる仕事かなと思って始めた。
近所に海女さんがいて、道具一式みんなが用意してくれるから0円で始められた。(後輩海女さん)

海女漁のオフシーズンには、県内の出稼ぎに行っていたそうです。

後輩海女さんは、初日の苦労をこう話してくれました。

子どもの頃から海はしょっちゅう行っとったから、すぐいけると思った。けどそれと海女さんするのは違う話やった。
最初の日は食べられやんようなナマコを採って何しとんやって怒られたり。初日は(何も教わらず)はまあそこらへん潜っとけって感じやった。

めまいなどの体調不良で一時期お休みしていましたが、同様にめまいなどを起こし、海女をやめていく人もいると聞いたことがあるそうです。

お二人が海女デビューしたときには、海女小屋ひとつに5〜6人が「ぎゅうぎゅう詰め」になっていたそうです。
しかし人数の減少により、空き家状態の小屋も多いとのこと。

波切では2月1日に海女漁が解禁され、9月14日までアワビ、ナマコ、サザエなどを採ります。ウニは旬にあわせ、クロウニが3月、アカウニが6月解禁です。

波切は黒潮の大蛇行による海の環境変化が大きい地域のひとつです。そのため、冬は海水温が十分に下がらず「今日ナマコ拾いにいこかって行くと、全員がゼロやった」という日もあったそうです。
アラメやワカメも減少するなか、ヒジキだけは「かろうじて生えてる」ため、これまであまりしてこなかったヒジキ漁を始めました。

海の環境変化については、このような語りがありました。

3年前くらいにアラメキリ(やマメと呼ばれる小さな貝)がばたっといなくなった。2月の頭にはいたけど、海が悪くなってしばらく休んで(=海が荒れて海女漁をしばらく休漁してから)、また行ったら一つもなかった。それからだんだん(環境が)悪くなっていった。
昔は70〜80歳のおばあさんが毎日マメだけ10キロ以上拾って1万円になっていた。死骸もなくて、どこ行ったんやろう。
マメがおれば海女の稽古にもなるし、若い子らによかったのになと思う。

「これだけあれば今すぐ海女できるよ」と、道具一式を持ってきてくださいました。

道具の使い方を聞いているときに、こんな話がありました。

釣り人のテグスが(腰に巻いた)重りのベルトに引っかかることがある。ほどこうとすると絡まってしまうから、そんなときはほどかずに、重りのベルトを腰から外す。

これは「海の中で怖い思いなんてしたことがない」と断言する先輩海女さんの言葉です。
ちょっとした判断ミスが事故につながる海女漁ですが、このお話からは、海女さんの判断力の速さや柔軟さが伝わってきました。

アワビを見つけても、息が続かないと判断すると一旦諦めて海面に戻ります。
「また今度、また明日ねって気持ち」「無理したらだめ、諦めが早いことが大事」と教えてくれました。

再度潜ったときに見つけられるよう「石をひっくり返しておく。その周りに砂が立って目印になるから。でも自分の体が流されて、もう見つからんこともある」ということもあるそうです。

海の環境変化や海女さんの高齢化などの状況のなか、それでも「漁の楽しさ」を原動力に、諦めずに海に出続けている現状を教わりました。

波切の海女さん、本日はありがとうございました。

(吉村真衣)

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第1回 2022年10月15日 志摩志島の海女さん
第2回 2022年10月22日 志摩安乗の海女さん
第3回 2022年10月29日 志摩波切の海女さん