【活動報告】「現役海女さんと語る!海女の魅力 in海博」第5回を開催しました

鳥羽市立海の博物館と三重大学海女研究センターが主催するイベント「現役海女さんと語る!海女の魅力 in海博」の第5回が12月11日に開催されました。

今回は本土から定期船で約15分の距離にある、菅島の海女さんにお越しいただきました。
秋から冬には北西の風がよく吹くことから「風の島」とも呼ばれる島です。


(しろんご祭りという祭礼で用いる磯着を着用してもらいました!)

お二人とも菅島出身。
60代の海女さんは結婚後に本格的に海女漁を始め、約40年のキャリアをお持ちです。長らく夫と刺し網漁にも従事してきました。
50代の海女さんは本土で仕事をし、休日などの合間に潜っていたそうです。海女漁を本格化させたのは、去年退職してからとのこと。

若い頃は別の仕事に就き、退職後の50〜60代から本格的に海女をするというケースは鳥羽志摩の様々な地域で耳にします。

菅島は海女漁の期間が比較的短く、6月末からお盆前までに10回くらい出漁します。

「天気と海の様子が良ければ毎日でも潜る」という地域もありますが、菅島では潮によって出漁日が決まります。
大潮の日から1日潮、2日潮、……と順番に数え、特定の潮の日に出漁するのです。

海女の出漁日が少ないことに関連して、海女さんたちはこう述べていました。

でも(1回の出漁での)延べ人数が多いんですよ。男の海士(あま)もいるし。ようけの人が潜るんです。

海の博物館の調査では、2017年には女性55人、男性32人が潜っていました。
「あま」といえば女性のイメージかもしれませんが、鳥羽志摩では男性の海士も操業する地域があります。
今日のお二人は夫や息子と一緒に潜っていて、菅島ではそんなケースがよくあるそうです。

お父さんがけっこう獲ってくれるもんで、お父さんがいてくれやんとうちはダメやもんで。男の人の獲り方は(女の人と)違うねえ。

男性は女性よりもアグレッシブに漁をするようですが、それで一家の生計が助かるのでありがたいという意見でした。

菅島の特徴として、海女小屋がないことも話題にあがりました。
海女小屋は出漁前の海女さんが着替えたり、体を火で温めたり、食事をとったりする場です。
菅島では家から漁場へ直行し、市場で出荷してまた家に直帰します。

ただ、今日の海女さんは必ず出漁前に浜で薪に火をつけ温まるそうです。
その理由を「頭がつるから炙っておく」、海中で額のあたりが引き攣るような痛みに襲われることがあるので予防のために頭部を温めておくのだと言っていました。
焼いた石をタオルで包み、頭部にあてるそうです。

海藻漁の話題も盛り上がりました。
菅島では磯に生えるヒジキやフノリを採るほか、漂着したテングサやアラメを拾います。

ヒジキはどこでも自由に刈ってよいわけではなく、地縁組織である「組」ごとに浜(浜切りの浜)が割り当てられているそうです。
組のメンバーで共同作業し、売上は等分されます。

テングサやアラメを拾う浜(拾い浜)も組ごとに割り当てられます。
こちらは個人採りで、希望者が連れ立って行きます。
アラメはかつて刈っていましたが、現在は資源保護のため漂着したものしか拾ってはいけないそうです。

浜によって海藻の量が異なるので、公平を期すため持ち回り制になっており、毎年次の浜へ移っていきます。
浜切りの浜と拾い浜は、ほとんど重なっているが微妙に範囲がずれているそうです。
それがなぜなのか、その微妙な加減が面白く、経緯を調べてみたいと思いました。

海女漁や海藻漁のルールは、その土地の共同体のかたちを強く反映しています。
そのことを改めて感じた回でした。

菅島の海女漁はこちらの記事()でも紹介しているのでぜひご覧ください。

次回は1月22日、千賀堅子の海女さんに登場していただきます。
まだ枠がありますので、ご関心をお持ちの方は以下のご案内をぜひご覧ください。

リンク:「現役海女さんと語る!海女の魅力 in海博」を開催します

どなた様もぜひお越しください。
菅島の海女さん、本日はありがとうございました。

(吉村真衣)

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